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短編小説の集い「のべらっくす」

月1で出題されるお題に沿って短編小説を書く企画です。

【第20回】短編小説の集い「靴」 総評

総評

 梅雨入りの時期ですが、湿り気に負けずにいきましょう。

 

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〇今月もたっぷり一か月期間を募りましたが、作品数は3つと少ないものでした。「靴」というテーマが書きにくいというより「短編小説」というもの自体にみんな飽きているのだろうなぁというのを感じます。もともとこの企画はブログで面白いとされる「文章=自分の経験」という認識から脱却して文章を自己から独立させたいなというところから始まっています。架空の出来事を通して自己を見直す、というところを本質として開催していますが、そんなかび臭い代物にはもう興味がなくなってきているのかもしれません。

 

〇「靴」についてですが、シンデレラをはじめに童話にはモチーフとしてたくさん登場します。日本でも「鼻緒の緒が切れる」「玄関の上で靴を下してはならない」など履物に関する関心はありますし、靴とは人間が人間であるために大切なアイテムとして語られます。靴を履く文化圏において裸足で出歩くということはそれだけで貧しく最低限の生活を脅かされているというサインでもありました。また履いているものがその人を表すと言う言葉もある通り、靴は私たちそのものを表すことがあります。

 

〇全体的な感想として、「靴」というモチーフにもう少し踏み込んでもよかったのかなぁと思いました。先ほど挙げたように靴は富と貧困の目印になりますし、女性器を表しているなんていうものもあります。モチーフを掘り下げる、というのは調査をしたり終わることのないパズルを解くようなものでありますが、さまざまな事象を並べてくっつけるという作業は構成力を磨く訓練にもなるのでおススメです。

 

〇来月のお題は「時計」で、今度はマイお題を使ってみたり少し宣伝を増やしてみようと思いますので機会があればまたお会いしましょう。おつかれさまでした。

 

主催者からの感想

kana-ri.hatenablog.com

 

 はじめましてこんにちは。余裕のない中での参加ありがとうございます。靴の擬人化というお話を短時間で思いつく時点でお話を作るのに慣れているように思いました。彼と彼女の関係が常に前後しているところも「歩いている」ということを暗に描写していて面白いと感じました。そして擬人化という手法を用いているので、それを最大限に生かすには「最初から擬人化であることを明記する」か「最後まで擬人化であると悟られないようにする」のどちらかを通すと良いと思いました。今回の場合、最初から「靴の擬人化」というテーマを出すことで「片方だけで寂しい」「交互の動きの面白さ」がより読者に伝わりやすくなると思いました。今度は時間をかけた作品も読んでみたいです。

 

masarin-m.hatenablog.com

 

 今回はシンイチの母親の話と言うことで、彼女は「靴を忘れる」ような女性のようでした。彼女の忘れ物は物理的な「靴」だけではなく、半身ともいえる息子やひいては自分自身を置き去りにしていると思いました。しかし彼女は裸足で歩きだす勇気もなく、「私」も彼女に靴を履かせられるような王子様でもない。繰り返される「私は悪くない、私以外が悪いんだ」から出てくるどうしようもない「弱さ」に「私」も気付いていない。そしてサチエも「私」と同じく、息子に向き合うことなく「靴」を忘れている。登場人物の全員が全員を直視していないすれ違いが生々しくて、「悲しい」と思いました。「私」のクラタ評は自分に言い聞かせているのではないかと思うくらい滑稽で、悲しい。靴の有無は確認できなかったけど、「私」は多分自分の足元を見ていないような気がしました。

 

diary.sweetberry.jp

 

 ちょうど小学生が山中で遭難というニュースがしばらくめぐっていましたが、あちらもこちらも解決したようで何よりです。童話「赤い靴」をモチーフにした友情がテーマと言うことですが、そんなニュースがあったということで「遭難」を掘り下げるとかなり怖い話にもなるかなと思いました。特に日本では山岳信仰などもあり、「ヤマ」そのものが生きているという考えがあります。暗くなった山道を歩くのは怖いものであり、そこで人智を超越した何者かに出会う可能性などを入れると普段以上にホラーな展開も出せたのではないかと思いました。しかし展開に無理はなく、童話の話を現代風にした「赤い靴」がしっかり生きていると思いました。