短編小説の集い「のべらっくす」

こちらでの募集は休止になりました。今までありがとうございました。

【第16回】短編小説の集い 総評

 年もだいぶ押し迫って、みなさんお元気ですか? それでは今月の総評です。

 

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〇今回は参加作品が主催者除いて3作品、そしてメンバーが先月と変わらずと言う結果になりました。昨年に比べたら少ないと思う方もいると思いますが、こういうことを思いつきで何年も継続していくのは本当に大変です。5000字以内のアレを毎月書かなければならない、と義務に思っているのは主催者だけでいいので、「書かない自由」を満喫してもらえたらなぁと思っています。

 

〇テーマが「師走」ということで、昨年の「クリスマス・年末行事」と意味はほぼ一緒なのですが皆さん「年末」のほうに走られていたと思いました。実際「年末」って「正月」に比べると慌ただしいのですが「もうすぐ年が変わる」という浮足立つ気持ちとお正月の準備をするワクワクさがあって、1年の中でもかなりドラマティックな時期だと思うのです。

 

〇主催者が「短編小説」にこだわる理由のひとつが「キャラクターに依存しない文章」を書こうというところにありまして、ブログでも「誰が書いたから良い」という判断基準を持っている人は多いと思います。物語の登場人物も同じで「このキャラがかわいい」という気持ちは物語を作る人なら誰でも持っていると思うのです。しかし「短編小説」はストリートライブみたいなもので、誰かが立ち止ってくれなかったら目に入らないのです。「この視点で読者に過不足なく伝わるか」「このキャラの書き方は独りよがりになっていないか」を確認しながら、「ブログの常連向け」ではなく「この文章を初めて読む人向け」に書いていくのがいいと思います。

 

〇新しい年が始まるのですが、この企画に対しては主催者、ノープランです。今までは何か月か先までお題を考えていたのですが、来月から本気でノープランです。ただお題の募集をすると収拾がつかなくなる気がするので予定はありません。多分大丈夫です。それでは来月のお題でまた会いましょう。

 

【主催者の感想】

karasawa-a.hatenablog.com

 

 「年末調整官」という運を管理する人たちにまつわる話ですね。ご自身で振り返られている通り、時系列を工夫したために主の視点がどこに置かれているのかがわかりにくくなっていると思いました。筋は「年末調整官」という特殊な役職を描くということだと思うので、「ヒトシ」の物語をばっさり削って「男子学生A」という形でさりげなく調整官たちの会話に混ぜるなど「魅せるもの」を中心に置く構造でもよかったのかなぁと思います。またこの作品を読んで藤子・F・不二雄の異色短編『ドジ田ドジ郎の幸運』をすぐに思い出しました。思い通りにならないものは誰かが思い通りに動かしている、と思うのは楽しいですよね。

ミノタウロスの皿 (小学館文庫―藤子・F・不二雄〈異色短編集〉)

ミノタウロスの皿 (小学館文庫―藤子・F・不二雄〈異色短編集〉)

 

 

1/5 追加

masarin-m.hatenablog.com

 

 シンイチくんのその後のお話ですね。最初にものすごく野暮なことを言ってしまうと、一人称にしたせいでシンイチくんが中学生に見えないんですよ。その理由がまさりんさんの持ち味の細やかな情景描写で、情景はきれいに伝わるのですがそうすると「若さ特有の視野の狭さ」がなくなっちゃうんですよ。ここまできれいに自分が怒る理由を探せる子供なら、学校でもうまくやっていけたんじゃないかなぁと思っちゃうんですね。

 

 一人称を書くとき自分は「何を書かないか」に注意しながら書いています。視点が定まってしまうので、その登場人物の思い込みや性格まで落とし込んでいくと「その人の見た世界」をそのまま書くことができます。これが一人称の面白いところだと思っています。いわば紙の上の独り芝居ですね。もっと芝居をするまさりんさんを見てみたいと思っています。

 

diary.sweetberry.jp

 

 クトゥルフ神話の神々がおでんのネタにされるというお話ですね。どこかで「日本人が諸外国に比べてクトゥルフ神話に恐怖を感じないで愛着を持つのは、タコっぽい外見からいざというとき食べてしまえばいいと思っているから」というコメントを見た記憶があります。「神殺し」ならぬ「神食し」ですからね。このお話の背景に「一体誰がおでんのネタにしたんだ」という語られない怖さがあるところがいいですね。

 

 お話の組み立てで行くと、出来事の羅列のようになってしまっているので魅せ方を工夫すると一段と小説らしくなると思います。例えば今回の登場人物は店主と鬼塚の2人とわかっているので、主語や述語を省略することで文のテンポを変えることができます。勝手で申し訳ないのですが、この作品から少し抜き出してテンポを変えてみました。主語と述語、それから重複していると思われる表現を抜いて適切につなげたのが後の文章です。

 

だいぶお腹も膨れてきた鬼塚は最後に一品と店主にオススメを尋ねた。「そうだなあ、最後に何かとっておきの一品はないかい?」と訊くと、「それじゃ、これなんてどうでしょ。」と、さつま揚げを皿に入れて鬼塚の前に差し出す。早速それを口に運び咀嚼する。すると、これまた魚のような肉のような、何とも言えない不思議な味がした。「ほうほう、これは一見さつま揚げのように見えるけど、チキンナゲットのような味もするな。」と感じたままの感想を述べる。そして、「それで、これは何と言うんだい?」と訊いてみた。「これはツァトガ揚げと言って、これも見た目はあまり良くないんですけどね、でも、肉のような魚のような変わった味がするんですよ。(後略

 

だいぶお腹も膨れてきた鬼塚は最後に一品と店主にオススメを尋ねた。「それじゃ、これなんてどうでしょ。」
 店主はさつま揚げを皿に入れて差し出した。それを口に運ぶと、これまた魚のような肉のような、何とも言えない不思議な味がした。
「ほうほう、これは一見さつま揚げのように見えるけど、チキンナゲットのような味もするな。」
鬼塚は感じたままの感想を述べる。
「それで、これは何と言うんだい?」
「これはツァトガ揚げと言って、これも見た目はあまり良くないんですけどね、でも、肉のような魚のような変わった味がするんですよ。(後略

 

 シナリオを書くときは「誰が」を常に書かないと行けないのですが、小説では必ず書かなければならないということはありません。「全て書けばいいというわけでもない」ということで状況を把握させるのが地の文の難しいところです。来月も出来たらお会いできるといいなと思っています。